旧士族の調査~を再加筆しました。(令和元年6月6日)

家禄奉還データ ギリギリの判断

武士の世界

私達元士族にとっては、この「家禄奉還願」は極めて貴重な歴史史料です。

明治に戸籍が作られたとき、姓名については江戸時代の「名乗り」を否定され、一般庶民と同じような名前に変更をさせられました。

その結果、現代の子孫が遠祖に辿り着こうと戸籍・除籍謄本を全てあげ、江戸時代に生まれた方まで確認できても、名前が武士時代のものと変わっており、柳澤藩に同姓のものが何人もいたら、どれが本当の遠祖なのか判断することが出来ません。

家系図を伝承しておられる方は極めてまれて、高禄を食んでいた武士と雖も、殆どの者が持っておりません。

源平合戦より続いている家でないと、家系図を伝承するという文化を持っていませんでした。

この「家禄奉還願」には旧名が書かれているものが多くあります。だが、その時の担当者によって異なっていたようで、(1)の冊子にはほとんど旧名がありません。(2)の冊子ではかなりの割合で旧名が掛かれています。また、相続のことも書かれており、この(2)に入っておられる方だと、旧名と明治の戸籍名との継承を断定することが出来ます。

(3)・(4)にも旧名が書かれているものがありますが、(2)のように多くはありません。

まだ研究しだして10日ほどしか経ちませんので詳しいことはこれからです。

先日よりこのデータをどう扱うのが一番良いのか悩んできました。現段階での判断は、「個人情報」を出来るだけ保護し、且つ、史学者達が勝手気ままにこのデータをメシの種にしないよう、ギリギリの線で公開すべきであろうとの結論に至りました。

画像の大きさは、横幅640ピクセルに致しました。また、画像も一覧で見る方法を止め、一枚ずつ捲るように致しました。歴史史料の公開として何とか一応の格好を持ちつつ、現代に続く私たちのプライバシーに出来る限り配慮した結果です。もとよりこれが最上とは思っていませんので、今後変更することはあるだろうと思います。

途中に宛名である権県令宛てのものが入っていますので、邪魔になると感じられると思いますが、図書情報館のデータとの兼ね合いから、削除せずにそのまま掲載しました。

郡山藩の武士の子孫と伝承されてこられた方は、小さな画像を拡大して詳しく御覧になりたいとは思いますが、ネット上に高解像度で公開することは差し控えています。(柳蔭会会員には配布予定です)

このサイトにある「士族後胤よりの連絡」からメールを送って下さい。元郡山藩に仕えた武士の子孫と確認出来、柳蔭会の会員になっていただけましたら、データはお渡しします。

図書情報館へのリンクを張っておりますので、そちらで生のデータを見られます。手間がかかるでしょうが、努力してみて下さい。

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