秩禄処分で一時金を得た士族たちであったが、生業を身に付けることは甚だ困難であった。農業にしても商業にしても全く経験のないことであり、「正に武士の商法」で、瞬く間に資本金を食いつぶしていった。一番困難を極めたのが住居である。秩禄処分と引き換えに屋敷を追われ、街中へ賃借りしたりするのであるが、需要と供給のバランスが取れず、家賃は急激に上がりインフレが激しくなった。
家禄奉還願いを読んでいると偶に〇〇町新屋居住と書かれているのがあるが、恐らくは町人が建てた長屋形式の処へ賃借りしたのであろう。
拙家の曾祖母が住まいしていたと思われる家がまだそのままの状態で残っている。誠に貧弱な長屋であり、正に雨露を凌ぐだけだっといえる。
こんな中、旧藩主柳澤保伸は士族救済の嘆願書を出している。
県にその現物が残っており、先日コピーしてきた。この史料は既に数年前から知っており、私の曽祖父の名がある場所はコピーしたが、全部はしていなかった。
今般全部コピーしたが、約2000人いた士族はこの時既に1295名に減っている。
他の史料で、東京へや大阪へ移り住み、貫族換えを申請したものを確認している。
この時の嘆願書に県が表紙を付けているが、そこには「貧民施与願綴」と書かれている。
この史料は来週アップしようと思っていたが、先日の文庫さんのこともあるので、表紙と嘆願書だけアップしておく。個人の名が列挙されている分は公開しない。
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