旧士族の調査~を再加筆しました。(令和元年6月6日)

士族後胤との面会

復活準備

旧藩士の家より大正期に養子に出られた先の方と連絡が付き、令和元年5月25日13時より柳澤神社参集殿にてお目に掛りました。
ご本家とは全く連絡がなくなっておられましたが、本家の菩提寺が私と同じでした。それも今は寺の都合で場所が少し移動していますが、以前は私の遠祖が眠っている場所と30メートルも離れていない場所に、歴代の墓石がございました。
今回のように本家の菩提寺がすぐ判明することは極めて稀です。

曾祖父の方が書き残されたメモ書き程度のものでしたが、元郡山藩士族〇氏の3男が養子にこられたことはほぼ間違いないと思われます。

ご用意されてきた除籍謄本が養子に来られた方が一番先になっており、それ以前のものは郡山の市役所で廃棄されていますので、確証を得るということは出来ませんでしたが、江戸期の分限帳を何か所かコピーし、又、家禄奉還願いも確認できていますので、コピーをお渡しさせて頂きました。会員用のジャンパーとポロシャツをお持ち帰り頂きました。

現在郡山城で石垣説明のボランティアをされてこられたのが切欠となり、柳蔭会とご縁が復活したのは、遠祖のお導きとも思えます。

いずれ、ご本家のご当主との間で確認が取れましたら、墓所にお参りして頂けるでしょう。

こうして少しずつですが、旧藩士子孫の方と連絡が付き、一緒に食事をさせて頂けるのは誠に有難く思います。故河野保麿宮司さんから頂いた「旧交不忘」を実践できていることに、大きな喜びを感じています。

最後に写真を撮ってもらったのですが、あまりにも私の姿勢が悪かったので、ネットに挙げると「見苦しい」とお叱りを受けそうですので、止めておきます。

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